ペットの話題と関係ないのですが、最近、いじめによるとされる子供の自殺のニュースを見るたびに心がつぶされる思いがします。そして、40代半ばの私には中高年の方の自殺も、身につまされる思いがします。
私がここでこんなことを言っても、何も状況は変わらないのかもしれません。それは自覚しています。
でも、自殺しないで下さい。自らの命を絶たないでください。死んでは何もなりません。
先日亡くなられた俳優の藤岡琢也さんも出演されていた映画「死に花」を観ました。その中で、あの「ホワイトクリスマス」という歌で有名なビング・クロスビーの言葉として、「人生は楽しむためにある。悲しみは味付けに少々。」という言葉が紹介されていました。
なかなか、そこまでは達観できませんし、実践も難しいでしょうが、できるだけ楽しみましょうよ。楽しむように心がけましょうよ。
日本経済新聞のコラム「時間術」に聖路加国際病院理事長の日野原重明先生のお話が掲載されていました。
日経は大人の読者が多いと思います。小学生や中学生の目に触れることは少ないと思われますので、以下、引用します。
「命とは自分で使える時間」
小学生を相手に「命の授業をやっています。命の大切さを知ってもらうことが目的です。
まず聴診器で友達の胸の音も聞いてもらいます。そのあとで「命ってどこにあるの」と聞きます。多くの子は心臓を指すのですが、「心臓は血液を送るモーターだ」というと考え込みます。
そこで「命とは君たちが使える時間のことだよ」と説明すると、子供はちゃんと理解します。自分で使いたいように使える時間こそが命なのです。
「その時間を自分のためだけに使っていいのか」と問い掛けると色々な反応が返ってきます。人の命を無視するような考え方、時間の使い方は間違っていることを理解するようになるのです。
仮に失敗して人に迷惑をかけても、自分のためだけでなく償いのために時間を使って長生きすれば取り返せます。死んでしまってはどうしようもありません。
子供の教育をはじめとして私が使命と感じる仕事がたくさんあります。使命を果たすまで私もなかなか死ねないのです。
(聖路加国際病院理事長 日野原重明先生、日本経済新聞コラム「時間術」平成18年10月30日)
「自分で使いたいように使える時間こそが命」という言葉に私はとても強く共感します。
それを、誰も奪うことはできません。 自らも簡単に命を捨ててしまってはいけません。
いじめている人もよくよく考えなさい。人の心を傷つける行為は、人の命を傷つける行為です。
学校や職場は、自分の命を賭けてまで行くところではない、と誰かがおっしゃっていましたが私も思います。そのことに対して、がんばらなくていいです。死を選ぶくらいなら、本当にがんばらなくていいです。自分ひとりでかかえこまないで、お父さん、お母さん、ご家族とよくよく話をして下さい。
人生、幾通りだって、生き方があります。新しい場所に移ることだってできます。
そこには、新しい人生が、新しいあなたの時間が待っています。
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「自分が使える時間」を大切にして下さい。いずれ誰の身にも死は訪れるのです。お迎えが来るまで、私も大切に使いたいと思います。