まず、狂牛病という呼び方を止めよう。狂犬病のようにウイルスで感染するわけでもなく、噛まれて伝染するわけでもない。欧米でBSE
(Bovine Spongiform Encephalopathies;牛海綿状脳症)と正式に名付けられる前に、原因不明でMad
Cow Disease(狂った牛の病気)と呼ばれたのを当時の日本の一部の学者やマスコミが直訳して狂牛病と呼んで、それが普及してしまったのである。センセーショナルな呼び方は、えてして誤解も生みやすい。
ペットポータルでは、現在正しいとされている知識を提供するために、狂牛病とは呼ばず、BSEと呼ぶことにする(但し、引用文などは原文のままとする)。
発生するべくして出た、安全なはずの日本で出た、考え方は色々あるだろうが、BSEの発生にパニックになってはいけない。もちろん、「熱しやすくて冷めやすい」のはわれわれ日本人の常であるが、一時大騒ぎした後で忘れ去ってしまってもいけない。事実や科学的根拠に基づいた対応を行うことで、今後も生産者は安全な牛肉を供給することが可能であり、私たち消費者も安心して牛肉を食べ続けることができるのだから。
英国での発生から15年。遅きに失した日本の対応
BSEが世界で初めて発見された国、イギリス。英国では今から15年前、1986年にBSEの発生が確認された。2年後の1988年、英国で肉骨粉の牛への使用が禁止されたが、英国から欧州をはじめ海外への輸出は続けられ、それが世界各地にBSEの発生が拡散する元になったと考えられている。
いささか旧聞に属するが、今年2月7日付の毎日新聞には「英国、狂牛病流行期に日本に牛臓器を輸出」と題した記事が報道されている。以下、抜粋する。
「狂牛病流行期の英国から、人間に伝染する恐れが指摘されている狂牛病の主感染源とみられる牛や羊の臓器や肉骨粉が日本に輸出されていたことが5日、明らかになった。英税関当局によると、臓器は、1988年から90年にかけて年300トン前後輸出されており、日本に流入した臓器や肉骨粉の主用途は、牛、鶏、豚の飼料やペットフードとみられる。また、税関統計によると、96年に欧州委員会が全面禁輸を決めたため、同年の23トンを最後に対日輸出はないとのこと。」
1988年といえば前述のように英国で肉骨粉の牛への使用が禁止された年であり、それにもかかわらず、海外への輸出が継続されていたことに驚きと憤りを禁じえないが、日本の対応も遅きに失し、1996年3月になって英国からの肉骨粉輸入をようやく禁止し、同年4月に農水省が牛への肉骨粉の使用自粛を通達したがこれに違反した場合も罰則の伴わない行政指導であった。
同記事によれば、「日本では農水省が96年から原因不明の行動異常を示した牛を解剖し脳などを調べているが、狂牛病の発生は確認されていないとのこと」と報じている。しかし、今年9月21日、とうとう日本でBSEの発生が1頭確認された。同居の牛からも感染は発見されず、感染牛の感染ルートがまだ解明していないことから、感染源は迷宮入りの様相を呈してきた。しかし、牛におけるBSEの潜伏期間が2~8年程度、BSEの原因となる異常プリオンが牛の口から入ることによって感染する、ということから考えると、感染牛が生まれたのが奇しくも1996年3月であることもあいまって、輸入禁止前に日本に輸入された肉骨粉の関与の可能性もまた否定できない。
そして、ついに農林水産省では今年10月4日から、海外のすべての国からの肉骨粉等の輸入を一時停止するとともに、国内産を含めた飼料用・肥料用の肉骨粉の製造・販売の一時停止、肉骨粉を含む飼料・肥料の製造・販売の一時停止が決定された(10月1日付農林水産省プレスリリース)。また、厚生労働省では、全国117ヶ所の食肉衛生検査所で10月18日から、病原体である異常プリオンが蓄積する生後30ヶ月以上の牛を解体時にすべて検査し、安全が確認されたものだけを出荷する、とした。これらはヨーロッパですでに取られている措置とはいえ、一定の効果をあげると思われる。
農水省では、これらの対応を通じて、「これで対応はEU並みだ」とし、「安全宣言」のタイミングを見計らっているとされる。しかし、今、安全宣言を出すことは拙速である。なぜなら、本当にはこれからの対応の方が、より大切だからである。
10月18日の全頭検査開始によって、新たなBSE発生の可能性が増大する
これは、既に新聞で報道されているところであるので、私個人の仮説ではないことをあらかじめ述べておきたい。10月6日付読売新聞の記事を抜粋する。
「欧州で、食肉出荷前のこの検査を導入したところ、2万頭に1頭の割合で狂牛病が確認され、発生数が急増した。ドイツでは、昨年は7頭だったのが、今年は既に100頭を超えた。欧州と同程度の汚染と単純に仮定すれば、今後、日本では年間50頭程度の感染牛が見つかる計算だ。小沢顧問(国際獣疫事務局)は『将来の発生数の予測は困難だが、最初の1頭が氷山の一角に過ぎないことはほぼ確実だ』と話す。感染源とされる肉骨粉の製造・販売が全面的に禁止された今、感染牛を早期に見つけて排除すれば、狂牛病の根絶は可能だ。消費者の信頼を回復できるかどうかは、検査体制の充実度にかかっている。」
安全宣言の発表がまだまだ早過ぎると考えるのは、全頭検査を実施することによって、BSEの発生数が増すという皮肉な出来事が起こる事態が容易に予測できるからである。厚生労働省および都道府県の食肉衛生検査所の方々に切にお願いしたいことは、18日以降の検査でもし陽性結果が出たとしても、それを決して隠蔽すべきではない、国民に正しく公表してもらいたい、ということである。
新聞の仮定では「日本では年間50頭程度の感染牛が見つかる」と試算されている。英国の発生から15年、これまで清浄であった日本が欧州と同程度の汚染とすべきかどうか、には異論があるだろうが、日本でのBSEの発生例があの感染牛が最初で最後、1頭だけ、ということもあり得ない。前述のように、1996年まで英国から肉骨粉が輸入されており、2001年の今年までまだ5年しか経っていない。潜伏期間が2~8年ということを考えると、今後も発見されるという前提に立つ方が順当である。
農林水産省でも、全国183ヶ所の家畜保健衛生所で神経症状などを呈して運び込まれた牛の調査を、同じ検査方法で進めるとのことである。脳組織の採取部分等、試験方法を厚生労働省と農林水産省で完全に同一にする、検査者の技術的エラーを減らすべく十分な講習や予備試験を実施するなど、検査体制の充実はもちろんのことであるが、結果についてはすべて公表することが、消費者の信頼を回復する方法であることを銘記してほしいと切に願っている。
もっとも重要なのは、私たち消費者の反応である
BSE発生の経緯や行政の対応などをみてきたが、これまでの対応が甘かったとはいえ、現在は矢継ぎ早に対策を打ち出し、EU並みの体制を整えるまでにいたっている。
10月4日から実施された肉骨粉の流通停止などは、欧州では可とされている鶏や豚などへの肉骨粉を含む飼料の製造・販売も停止するものである。一部の牛飼養農家で、肉骨粉を含む鶏用配合飼料を使用していたことが緊急立入検査の結果、明らかにされたために、肉骨粉の牛への誤用・流用を防止するためとされているが、見方によっては、あつものに懲りてなますを吹く、の感もある。しかしこの決定も、消費者の肉骨粉使用に対する不信感と牛肉に対する不安感を払拭し、牛肉離れを回復するためであることを忘れてはならない。
BSE感染牛の発見後、大半のスーパーや百貨店では鶏肉や豚肉へのシフトがみられ、牛肉の売上が10~30%減少しているとされる。一部の外食産業では、アメリカ産やオーストラリア産など外国産の牛肉使用をアピールしており、業績維持に懸命である、という。しかし、「国産よりも外国産の方が安心」などという状況は私たち日本人にとって残念なことであり、それを強調する販売手法は、もしその外国でBSEが起こった場合には両刃の刃となるため得策とは思えず、結果的に牛肉離れを助長しなければ良いがと、私は心配しながら見ている。
今年5月に国際会議に参加するためロンドンに数日間滞在した。その際、現地で通訳を務めてくれた女性から、「現在すべての英国の牛は出生から出荷されるまで管理が徹底されています。移動した場所や家畜に与えられた飼料も記録によって追跡できます。そのため、今では牛肉を食べるには世界でもっとも安全な場所だと思います。牛肉の消費量も上向いていますよ。」と教えられ、一緒にローストビーフを堪能した。
日本で初のBSEの感染が疑われた8月には、大阪のステーキハウスでフランス人と一緒にステーキを賞味した。そのフランス人はワインで有名なボルドーの近郊から出張で来日され、来日は2回目であったが、「Kobe beef(神戸牛)は世界中で知られるブランドであるが、まだ食べたことがないので是非食べたい。」とのことで、ご馳走した。「こんなにtenderな(柔らかい)肉はヨーロッパでは食べられない。」と非常に満足してくれた。BSEに対してフランス市民の感覚はどうか、と尋ねたところ、当初は英国の発生のみであったから対岸の火事のように眺めていたが、フランスで発生があり、一時は混乱も生じた。しかし、今では研究がかなり進んで安全な部位・危険な部位がはっきり示されているので問題はないよ、とのことであった。彼自身は私と同じく獣医師であり、BSEに対して正しい知識を有しているが、一般の市民においても今では大きな混乱がないとのことを聞き、安心した。
9月末にはシドニーからオーストラリア人を招いて、食事をした。その際も、何を食べたいか、と聞くと、和牛を食べたい、と言うので、ホテルでサーロインステーキを注文した。オーストラリアは1966年に肉骨粉など動物から作った飼料を輸入禁止にしている。英国でBSEが発生する20年も前のことである。国内産肉骨粉のエサへの利用禁止も、1996年に自主規制、1999年には全国で禁止措置と対策が非常に早い。それらの機敏な対応により、オーストラリアはBSE安全国である、と自負していた。彼も食品の安全に気を遣っているが、おいしいものには目がない。この日は近鉄バファローズの優勝セールで、食事が3割引という特典があるのを勘定のときに知った。もっと早く知っていれば、ステーキをあと100gずつ多く注文したのに、と言って大笑いした。
ここで、英国在住の日本人とフランス、オーストラリアの2名の外国人の計3名と英国で、あるいは日本で私も一緒に牛肉を食べた話を紹介したが、これは何も特殊な例はないと思う。BSEの発生以前と変わらず、牛肉は今も美味しく、食欲をそそり食生活を豊かにしてくれる。皆さんも子供の頃に母親から「今日はステーキだよ」と言われた日は、朝からウキウキした経験をお持ちだろう。何でも安全であると無警戒になることはもはやできないが、「牛」と名の付くものはすべて危険である、として遠ざけてしまうことは私にはできない。
海外でBSEに自然の状態で感染した牛では、脳、脊髄、網膜だけで異常プリオンが確認されており、実験的に感染させた牛では、小腸、骨髄、脊髄神経節で確認されているとのことである。脳、脊髄、眼、小腸の一部を特定危険部位という。今まではそれら特定危険部位を除くことも、BSEの検査もされていなかった。しかし、10月18日からは検査をし、危険な部位が除かれて、健康な牛の肉が牛肉として加工されるのである。今まで検査もされず、危険部位も除かれていなかったことを考えれば、比較にならないくらいこれからの方が逆に安心度が増すと考えるが、いかがだろうか。
これからは、全頭検査でBSEに罹っていないことが明らかとお墨付きの健康牛の牛肉が店頭に並ぶことになる。検査の結果、BSEが陽性または疑陽性、つまり異常プリオンの存在が食肉検査所で示唆される個体もあるだろう。しかし、パニックに陥ってはいけない。市場にBSEの危険性のある牛を出さないために検査が行われるのであるから。検査を陰性でパスした牛の牛肉が、スーパーで百貨店で、あるいはレストランで提供されることになる。過剰に心配する必要はない。